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J.W.Blackが語る 自身のブランド「J.W.Black Guitars」が生まれるまで!

J.W.Blackが語る 自身のブランド「J.W.Black Guitars」が生まれるまで!

元フェンダーカスタムショップのマスタービルダーという肩書きを持つ「J.W.Black」さん。そんな彼が自身のブランド「J.W.Black Guitars」を立ち上げ、今、国内外から注目を集めている。楽器.me取材班は、恵比寿で開催された「Guitar EXPO 2011 AUTUMN 」に来日中の「J.W.Black」氏を直撃し、ビルダーとしてのキャリアと新ブランドにかける熱い想いについて語ってもらった。「伝統的なフェンダースタイルに、現在の新しい技術を融合させたギターを目指す」という彼のインタビューは必見だ。ちなみに、動画撮影の当日は恵比寿の会場を抜け出し、近くの公園で親友の「John Page」さんとともにインタビューを慣行。非常に丁寧でジェントルマンな「J.W.Black」さんの人柄も印象的でした!

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─今までにバンド活動はしていましたか?

J.W.Black:酷いガレージバンドでNeil Youg、Grateful Dead、Allman Brothers、Stonesのカバーをやっていました。

─プロのギタービルダーになる前にもギターを製作していたのでしょうか?

J.W.Black:リペアを最初はやっていましたが、1977年にマーティンのDick Boakと一緒にギターを作り始めました。

─ビルダーになってからの最初の主な作業内容は何ですか?

J.W.Black:ギター制作を始めてすぐに様々な部分に携わり、木材選び、フィニッシュ、アッセンブリーまでをやりました。

─どれくらいの期間、Sadowskyで働いていましたか。また、Sadowskyでの仕事内容はどのようなものでしたか?

J.W.Black:ロジャー(Sadowsky)と私はフィラデルフィアで会いました。そして、彼はフィラデルフィア郊外のMedley Musicで働いていました。それは1976年のことでした。ロジャーは私がPAに係わっていたローカルのバンドのために楽器の修理をしており、私がディック・ボークの下で働いたときも、ロジャーと連絡を取り続けました。 そしてロジャーはニューヨーク市に移りましたが、私たちは連絡を保っていました。 彼が1983年にプリンスのためのいくつかの特別プロジェクトに取り組みに来るように依頼され、私はこれらのプロジェクトを手助けするために飛び出し、ロジャーの元に滞在しました。 結局、1986年にロジャーにフルタイムで働くよう誘われ、ニューヨーク市に移り、ギター修理と製作の全面の作業を行ないました。 この関係がロジャーと私であり、私たちがすべての仕事を共有して、彼がビジネスをマネージメント、そして私がロジャーのためにギターの修理と製作を行ないました。 また、1989年にFenderに行く前に、私は短い間Rudy’s Musicでジョン・サーと共に働きました。 ロジャーとジョン・サーとの付き合いは今日も続いており、現在、Suhr Guitars、Sadowsky Guitarsのためにエイジド加工を施しています。 Sadowskyでの最も印象的な仕事はなかなか言いにくいですが、ジム・ホール、プリンス、ローリングストーンズ、ブルース・スプリングスティーンやスタジオミュージシャンなど、とても多くの偉大なアーティストのために働いていました。 マーカス・ミラーは当時Sadowskyユーザーでしたので、私はSadowskyでのすべてが非常に印象的であったと感じています。

─どれくらいの期間、Fenderに在籍していたのでしょうか。 Fenderでの最も印象的な仕事は何でしたか?

J.W.Black:1989年中頃、ジョン・ペイジがニューヨークにいた私を訪問し、採用のオファーがありました。 私はレオ・フェンダーの創造性がとても好きだったので、Fenderでの仕事を決めました。 私は初日からマスタービルダーとして雇われ、Fender Custom Shopのために一点物のギターを造り始めました。そして、最初のギターはルー・リードのためのネックと、エイドリアン・ブリューのためのギターでした。後に私は世界初のシニアマスタービルダーの一人となりましたが、Fenderでのすべての事を誇りに思っております。Custom Shopでマスタービルダーとして一点ものの製作したり、研究開発でプロジェクトに取り組んで、リッチー・サンボラのUSAプロダクションモデルのためにプロトタイプを作ったり、ジェフ・ベックのビルダーでもあって、USAジェフ・ベック・モデルのプロトタイプも製作したりしました。 また、時にはエリック・クラプトンの最初のBlackieを製作し送り出すために、フロリダでのリハーサルで2本のプロトタイプを選んだこともあります。ハーレー・ダビッドソンモデルやPlayboyモデルにも取り組み、Custom Shop の40th Anniversary Stratocasterモデルも開発しました。 さらに、Custom Shopのためにアビゲイル・イバラとfat 50’s(ストラトキャスター用P.U.)を開発しました。 一点物の製作が主な仕事でしたが、多くの研究開発とアーティストリレーションを行ないました。 最もうまくいったプロジェクトの1つは、当時ローリングストーンズと共に働いていたプロデューサーのドン・ウォズからの希望を元にRelic加工のコンセプトをCustom Shopにもたらしたことです。 ドンは彼がグラミー賞のステージ上で使用する新しい楽器に対して、経年変化をもたらしたようにしたがっていました。 Fender Custom Shopで製作するビンテージギターのような経年変化を施したギターという、私のアイデアをかきたてました。多くのプロプレイヤーの要望を盛り込み、経年変化を施したギターを製作し、しかしフラットな指板やキャビティーのシールド加工、5wayスイッチの採用やハーフトーンでのハムキャンセルなど、現代的な仕様も持つべきであり、レリック加工のモデルは非常に人気があり、今や多くの人がそれをコピーしています。Fenderでの13年間は非常にエキサイティングでした。しかし、南カリフォルニアでの生活は多忙で快適な場所とは言えなかったために、2002年に私たちは南カリフォルニアを離れました。

─Fenderを離れた後はどのような仕事をしていたのですか?

J.W.Black:妻の新しい仕事のためにオレゴン州へ移り住み、私はアメリカ国内のビンテージギターディーラーのためにビンテージギターの高品質な修理・修復を行ないました。これら多くのディーラーは15年〜20年来の友人で、60年代、70年代、80年代の損傷したギターや改造された古いフェンダーのギターを復元することは非常に素晴らしいことでした。私はそれらのギターに新しい命を与えたいと思っていました。

─ビンテージギターを修理する際に一番注意する点は何ですか?

J.W.Black:ビンテージギターでもそうでなくとも、どのような楽器でも注意しなければなりません。しかし、ビンテージギターのリフレットする際にはまるで修理されていないように見せることや、リフィニッシュをする際にはオリジナルの状態のように見せるというように、楽器全体のニュアンスとディティールを見ることです。例えればネジやペイントなど、楽器全体を調べ一つの部分だけではなく、出来るだけ全体像を完全な状態に復元することを試みます。しかしすべてのギターは異なり、それは挑戦であり、毎日、ギターに関する新しく特別なことを発見します。それぞれ異なるギターへの柔軟なアプローチが求められ、素晴らしい楽器としてギターを復元するために問題を予測できることが非常に重要であり、それは化粧を施すようなことだけではないです。

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─いままでのリペアの中で最も印象に残るものはどのようなものでしたか?

J.W.Black:ニューヨークのルディーの店の頃、ジョン・レノンの息子であるショーンがジョン・レノンの塗装を剥がしたナチュラルのエピフォン カジノを持ち込みました。私はフレットを調整しサーキットをクリーニングし、そのギターを再セットアップしました。それは歴史的な楽器への特別な仕事でした。また、フランク・ザッパとドゥイージル・ザッパのためにジミ・ヘンドリックスのギターを修復しました。ドゥイージルは階段の下でジミ・ヘンドリックスがステージに打ち付けたギターのボディを見つけました。それはネックが無く、ボディを接着して整えました。また、ブラックガードのテレキャスターやエスクワイアー、ブロードキャスター、ノーキャスターのレストアは非常に特別なもので、その修復には特にプライドを持って取り組みました。フェンダーに在籍していた90年代初期には、イギリスのエリック・クラプトンのコレクションから私に送られたブラッキーとブラウニーに彼のギターテクニシャンであるリー・ディクソンと共に取り組みました。一週間、リーと私は共に過ごし、エリックのオークションが終わるまで、彼の豊富なギターコレクションの修理、修正やフレットの調整を行ないました。私はこの頃までに非常に多くのギターに取り組みました。どの仕事も全て何らかの理由で特別なものでした。私はフェンダー在籍前や在籍時、そしてフェンダーを退いた後もローリングストーンズに対して、度々、仕事をしてきました。キースやロニーのギターに取り組むのは非常に特別な経験でした。

─あなたが他のブランドで製作したり、係わったりしたことはありますか?

J.W.Black:現在、SadowskyやSuhrのギターにエイジド加工を施した塗装をしています。また、ニューヨークのルーディーズにスペシャルペイントを施しています。カート・リンホフのテレキャスタースタイルの製作の手伝いを5年ほどしました。ロジャー(Sadowsky)と私はディマジオととても仲が良かったので、時折、スティーブ・ヴァイのようにディマジオに係わる他のブランドの仕事もしました。グリーンディに対しての仕事やショップを通じてギブソンのビリー・ジョー・モデルの仕事もありました。

─「J.W.Black Guitars」について、ご自身のブランドをスタートさせたのはなぜですか?

J.W.Black:私はビンテージギターをレストアする事を本当に楽しんでいます。しかし、ビンテージギターは価格が高く、オリジナルを保たなければならないのですが、しばしばそれを改良(改造)したいと思う気持ちが価値を下げてしまうことがあります。私はビンテージギターの最も素晴らしい特徴をすべて持ち合わせながら、ラージフレットやもっと高機能なピックアップや配線、ベターなパーツと言った改良された部分を加えたものを製作したいのです。再びギターを製作したいと思うようになったのはフェンダーギターをレストアしていることが動機となり、クラシックな特徴を持ちながら、レオのオリジナルのプラットホームを改善したディティールを採用したギターを製作したいと思っていました。私は最初から作り直すのではなく、改善していきたいのです。。

─いままで何故ご自身のブランドをスタートさせなかったのはなぜですか?

J.W.Black:フェンダーに在籍していたことやフェンダーで多くのギターを製作してきた事を考慮しなければならず、今まで以上のことについて発言することはありませんでした。ビンテージ・フェンダーのレストアでは特別な能力があると感じ、他のリペアマンが非常に難しい修理で投げ出したものや時間がかかるようなレストアにも挑戦しています。それらのギターのレストアをもっと行ない、さらに経験を深め、私自身のモデルに反映させようと心がけています。フェンダーでは多分な自由があったにも関わらず、人がフェンダーギターに望むことに限界を感じていました。最近の8年間では多くの品質の高いビンテージギターへの仕事を基盤として、もっと自由に活動しています。

─「J.W.Black Guitars」は一人で製作されているのですか?

J.W.Black:はい、そうです。しかし長年の友人達の協力もあります。フェンダー時代からの知り合いであるG&Gのゲイリーにケースを製作してもらっています。別の友人にはピックアップを製作してもらっており、彼とは長年一緒に仕事をしていて、私のプロジェクトのためのピックアップ製作に対して十分、気にかけてくれています。ボディは米国で最良のサプライヤーからセレクトしています。私はネックのヘッドデザインを切り出しており、すべてのネックの裏の握りの部分をハンドシェイプ(削って)し、フレットを打っています。一人きりでは全ての作業はこなせないので、素晴らしいパーツを供給してくれるベストなサプライヤーの存在も必要です。私がセレクトして、全てのボディとネックを組み合わせ、回路を配線し、ボディを塗装し、全てのフレットを仕上げて私自身が組み立てます。私は工房ではたった一人の為、高いクオリティーのサプライヤーからそれぞれのパーツ手に入れた後は私自身だけがそのギターを扱っています。

─「J.W.Black Guitars」に至る現在や過去に挑戦していることはありますか?

J.W.Black:質の高い木材を確保することはいつもチャレンジですが、私のアドバンテージは35年にわたる経歴と多くの取引先との関係です。常に忙しいのですが、時間を見つけると旧友らのプロジェクトの仕事を楽しんだり、ビンテージのレストアを行なったりと、バランスのとれた活動が好きです。

─「J.W.Black Guitars」のSモデルにゴトー社のブリッジとチューナーを採用している理由は?

J.W.Black:最良のビンテージスタイルのチューナーとしてゴトーのビンテージスタイルのチューナーが常に文句なしに好きです。ゴトーは私がフェンダー・カスタムショップ時代からスタガード(段付)スタイルのチューナーを作っており、私自身もゴトーのチューナーの歴史の一部であり、フェンダー時代にその開発を手伝い、そのチューナーとの関係が続いていることを嬉しく思っています。ブリッジは品質とトーンに基づいて採用しました。ゴトーは種類に富んでおり、細部にもこだわりをもっています。

─アルダー、アッシュ、バスウッドのサウンドの特徴や違いは何ですか?

J.W.Black:一般的にボディ材はブライトなサウンド、タイトなサウンド、サスティーンが豊かなもの、響きの豊かなものといったように分類できます。しかし、どの周波数が響くか、どの材のボディに合うのかということはネックとの関係によります。そのようにボディに合う多様なネックは材の種類よりもさらに重要です。言うなれば、S Styleにはメイプルネックのアルダーボディが好みますが、T Styleにはメイプルネックのアッシュボディが好きです。私は三種類のボディ材を使用しますが、そのボディに最も合ったネックを持ち出して使うようにしています。音楽的には甘く、豊かなものを私は求めています。しかし、プレイヤーのスタイルやアタック、ピッキングテクニックがトーンやトーンの質に影響を与えます。たとえ私がジェフ・ベックのためにギターを作ったとしても、ジェフは常に彼のサウンドであり、さらに異なるピックアップやボディ材を使ってもまだ、ジェフのサウンドのままでしょう。

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─「JWB S/T、JBass」のそれぞれの特徴は?

J.W.Black:私は厚いネックシェイプがトーンを良くすると信じています。しかし、プレイの際には心地よくないネックかもしれません。そのためにネックの太さと形状を共に組み合わせて、シェイプとトーンを両立させるように試みています。ベースのネックは安定させるためにグラファイトを組み込んでおり、それは34インチのベースでのデッドスポットを解消させる働きもあると私は考えています。

─ヘッド側でのネックアジャストと22フレットを採用している理由は?

J.W.Black:ジェフ・ベックもエリック・クラプトンもヘッド側のアジャストと22フレット仕様のネックを用いています。ヒール側でのアジャストは調整しにくいと感じました。高い精度で正確に調整できるのでこのヘッド側からのアジャストを選びました。22フレットはフェンダーカスタムショップ時の顧客やニューヨーク時代の顧客である大部分のプレイヤーからワンオフモデルの製作の際に選ばれていたことを知っていました。JWB Guitarsの初期の数モデルにはレオに基づいて、21フレットでヒールアジャストのものもつくりましたが、レオのデザインしたものへの最良の改善として、その二つの仕様(ヘッド側でのネックアジャストと22フレット仕様)を採用することを決めました。

─セットアップする際に一番重要なことは何ですか?

J.W.Black:ボルトオンネックの場合は弦の張力がかかっている時に、できるだけ綺麗にネックポケットに組み込まれていなければならないと考えています。チューニングの安定と最高のトーンにために弦の張力でネックポケットは前面からネックが前に動くので、ネックを裏から止めるスクリューには余裕があることがとても重要です。しばしば、弦の張力でネックが前へ動くのが感じられると思います。いかなるネックもトラスロッドの調整のための最適な位置があります。ネックは基本的に完全にまっすぐな状態で素晴らしいサウンドになります。また、状態を落ち着かせるためにネック調整が必要なものもあります。どのネックもナットやブリッジの高さ、トラスロッドの位置によりサウンドは異なります。そのセットアップはワンパターンではないのです。どのギターもナットからブリッジの弦高調整、アジャスタブルロッドの調整に2〜3日はかかります。それでギターを生かすか殺すかが決まります。その調整をうまく行ない、ピックアップの高さを調整し甘いトーンを得る事でその楽器自身の音響的に良く聴こえるようにできます。

─J.W.Black Guitarsはどのようなプレイヤーに演奏して欲しいですか?

J.W.Black:プレイヤーはクラシックなビンテージギターを好みますがビンテージギターは非常に高価ですし、ダメージを与えて楽器の価値を落とすのを恐れています。私はプレイヤーに(J.W.Black Guitarsを)ケースの中にしまっておくのではなく、仕事に使える素晴らしいツールとして持って欲しいのです。

─製作本数は月に何本程度でしょうか?

J.W.Black:いまはまだ初期段階のですので、年間50〜60本程度の製作本数だと思います。

─将来は別の機種の構想はありますか?

J.W.Black:たぶん。常に私の中での構想にはあります。

─日本製のJ.W.Black Guitarsについて教えてください

J.W.Black:私は日本のクラフトマンによりJ.W.Black Guitarsが製作されることを非常にうれしく思っています。日本は高い品質のギターを製作する素晴らしい歴史があり、多くの日本の工場がサドウスキーやフェンダーと交流をもっています。このような経験から、USAモデル基本的な特徴をもつ機種を日本で製作することにし、日本のユーザーに対して購入しやすい価格としました。

─JWB Guitarsの今後の展開について教えてください

J.W.Black:私はもうすぐ56歳になります。私は若い頃からこの歳までギターに係わる仕事を続けてきましたが製作において満足感を感じたことがありません。しかし、特別な楽器を製作するために成長と探索し続けており、ミュージシャンを幸せにしたり、奮い立たせたりするような楽器を製作するといった、新しい挑戦と新しい結び付きが産まれる毎日です。以前、ギターサウンドが素晴らしい時に演奏が素晴らしくなるのか、素晴らしい演奏をした時にサウンドが素晴らしくなるのかについて、私はジョー・サトリアーニと一度、話しあったことがあります。私はその疑問を持ち続け、これからも製作を続けていきます。

(インタビュー記事提供:黒澤楽器店)

 

 

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